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日付を書く。

非常食用にインスタント食品を買い置きしておく。
手ごろに済ませたい食事に利用できるからだからだが
新型コロナの世の中になってからは今までよりその備蓄が少し増えた。
万一外に買い物に出られなくなったらと言う思いもあるから
安くなっていたりすると、まとめ買いしてしまうことも多い。
が、防災用食品と違い、インスタント食品は案外賞味期限が早い。
気づいたら期限切れというのが多々ある。
そもそも期限は気にしない性質だし
生鮮食品の消費期限とは違うのだから
口にしても問題ないよねと思う派。
でも夫婦間でならそれでも良いけれど
万一どなたか他人様に食べてもらう機会がないとも限らない。
それに期限切れインスタント食品が同時にまとまって出てしまうと
その消費に追い立てられて
(気にしないとはいいつつ、やはり早めに消費しようと思ってしまう)
効率的な消費と補充の回転がままならない。

一番の対策は定期的にチェックする事だね。
言い古されていることかもしれないが
日を決めて食品庫の整理をするのが一番良いのだろう。
もう一つ、最近つくづく思うのが
賞味期限をわかりやすく書いておくことも大事ということ。
若い頃ならパッと読み取れた小さい数字が実に困難になった。
しかも賞味期限がどこに記載されているのか
カップ脇なのか、蓋なのか、全くバラバラだ。
ようやく探し当てた年月日の数字は小さい上に
下手すると背景の包装色と同系色だったりして
こうなると読み取るのが容易でない。
読み取るためには老眼鏡、
あるいはライト付きルーペが必要だと思うこともあるよ。
で、賞味期限年月日を確認したらマジックペンで
直ぐわかるように蓋の上に大きく書き記す。
これが一番の対策と実感。

20220513

防災用品は買い込んで安心満足してしまいがち。
実際使うことがなければ一番なのだ。
万が一にそんな時が来た時に
100ケ用意したもののうち1つでも役立てば良し、
それくらいの気持ちで用意はしている。
もしもの時には賞味期限云々とは言っていられないだろうが
それでも直ぐにわかるようにしておくのは無駄じゃないし、
そうだ、これからは連れ合いと一緒に作業して
どんな食品が家のどこにあるのか、
いつごろまでに食べればよいのかの
情報共有も意識していこう。
これから老いるばかりの2人暮らし。
男が1人残されたときに、家のことがなにもわからず
右往左往するという話はよく聞くが、
よく聞くことだと放置しておいたら誰も救われない。
(よく聞く話と言う人はそもそも当事者ではないからね)
連れ合いは料理洗濯は抵抗なくする人なのだが
家の中に何がどこにあるのか容易に覚えてくれない。
一応、引き出しには内容物の表示もしてあるんだけどね、
見ていても頭には入っていないようなので、
これは一緒に手を動かさないとだめなのかもしれない。
そして1回だけでなく日常的に繰り返すようにもしなくっちゃ。
私も連れ合いも現役時代と違い、時間は余裕ができてきたから、
2人で定期的に家の中の食品チェックをして
備蓄品の充実も図っていこう。
まず今月から始めるぞ。
シニア夫婦の目標が一つ増えた。
家の中の情報共有インスタント食品編からスタートだ。

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みんな老いる老いたな。

最近我が家の周りでは新しく家を購入して移り住む
若い世代が増えてきて、子供さんの姿も久しぶりに見るようになった。
30数年前の私たちを見るようだ。
一方で私たちがこの地に家を建てたころからのご近所さんの多くは
夫婦暮らしのまま年を重ねて気づけば80代90代というお宅が多い。
3世代以上で暮らすお宅は本当に少ない。

先日、お向かいのTさんご主人の異変に偶然連れ合いが気づいた。
穏やかな表情のTさんは80代に入っただろうか、
娘さん一家と同居している町内でも数少ない3世代一家になる。
隣の小さいお社の雑草取りで日がな過ごすのが日課の人だったけれど
今は週に数回デイサービスに通って雑草取りは卒業したようだ。
そのTさんが見たこともない異様な表情でしきりに後ろを振り返り振り返り
(連れ合いの言によると誰かに追われているように)
逃げるような速さで歩くのを車で出かけようとした連れ合いが見つけた。
顔つきの異様さもさることながら
シャツのボタンがちぐはぐで、足元を見るとつっかけサンダル。
これは只ことではない、と直ぐお向かいのTさん宅へ声をかけに行った。
T家のおばさん(奥さん)が在宅だったのでまずTさんの状態を伝えて
今から後を追って連れてくるから、と言い置きいったん家に戻ってきた。
連れ合いは万一の連絡のために携帯電話を取りに来たのだった。
私がTさん異常を連れ合いから聞いたのはその時、
すぐさま車でTさんを追う連れ合い。
私は携帯電話を片手にTさん宅へ。
不安そうに外に出ているおばさんと話しながら連絡を待った。

幾ら早足とは言え80代のTさんを車で追いかければ
直ぐにキャッチ出来たろうと思うけれども
小回りの利く軽自動車に替えたとはいえ
車の入れない道もあるし何処ででも停車できるとも限らない。
T家に寄り、携帯電話を取りに戻り、の間に
Tさんが向かった先がわからなくなった。
大きなスーパーが直ぐ近くにあるから先ずそこを見て回り
次に近くの橋に行って川辺を確認。いない。
見失ったと連絡を受けた私がそのことをおばさんに報告すると
コンビニに行ったかもしれない、とおばさん。
聞くと時々小腹がすくとコンビニへ行くらしい。
ディサービスでおやつが出るのだがそれでは足りないようで
帰宅後にコンビニへ行くことがあるらしい。
だから娘さんが仕事に行く前におやつを用意しておくようだが
その日はなにか不足だったのだろう。
(後で聞いたら牛乳がなかったらしい)
コンビニへの近道はこの日連れ合いがTさんを見失ったあたり、
車は入れない細い道を行くのでそこを歩いてくれれば
車の事故の不安はないが。。

T家前でおばさんと話していると
あれれ?ひょこひょこ歩いてくるのはおじさんじゃない?
いつものTさんの表情で、歩き方も見慣れたおじさんだ。
しかし私たちの顔が見える位まで近づいてきても
おばさんや私が声をかけても表情に反応がない。
ひょこひょこ歩きながらそのまま道を横断した。
全く後ろを見ることもなく斜めに歩いて横断。

我が家の前の道は狭いけれども抜け道に使う車が多い。
朝夕の通勤通学時間帯には歩行者が歩くのも困難だ。
この時もそれなりに車の往来があったのが
偶然その時だけ1台も車が来なかったので良かったのだが
見ていた私は肝をつぶした。
一方、Tさんのおばさんは頭に血が上って
おじさんに向かって怒鳴り散らしている。
「どこへいってたの!」
「〇〇さん(連れ合いの名)が探してくれているよ!」
無事戻ってきた安堵から、不安が一気に噴き出して
私が止めるのも耳に入らず声を荒げるおばさん。
おじさんは無表情でそのまま玄関横の駐車場に降りる階段へ。
階下の駐車場からも家に入れるのだ。

連れ合いとも無事に連絡がつき私たちは家に戻った。
連れ合いが一報入れに訪れた時にT家玄関は施錠されていたという。
おじさんが出ていかないように鍵をしていたのだろう。
おばさんも玄関の音には気を付けていたという。
ああ、駐車場側から出たのか、だからサンダルだったのだ。
そしておばさんに見つかるのでは、と後ろを気にしていたのだろう。

今回のことでT家おばさん、同居する娘さんとも話す機会を得た。
お向かいにいるけれどもおじさんの認知症の進行、徘徊傾向全く知らず
更に市役所経由でT家に苦情迄入っていることまで聞いて仰天した。
苦情、というのはTさんが道で立ちションしていた、不衛生だということ。
T家に市役所から連絡が入ったということはその通報者は
おじさんがTさんだと知っていたということだ。
そういえば、と連れ合い。
最初にT家に行った時おばさんの第一声が「市役所から?」だったそうだ。

真面目に超がつくほどのT家の人たちにとって
おじさんの認知症以上にこの苦情はショックだったと思う。
不衛生なことは確かですから、うちが悪いんです、
とおばさん娘さん口を揃える。。。

おじさんの認知症も徘徊も誰のせいでもないし
もちろん家族がその責や非を負うことはあり得ない。
私たちもおじさんのことは気に掛けるようにするし
おじさんの安全と家族の日常を守るためにも適切な介護、
今からまた一つ形を変えて検討してもらえたらと娘さんに伝えた。
家族を応援しますよ、という意味でもあったが
ナーバスになっておられたとしたら
逆に娘さんにとって追い詰めるような逆の意味になってしまっていないか、
今頃になって気にかかっている。
その日の夜、仕事から戻って直ぐに我が家に挨拶にきてくれた
娘さんはお父さんの話をしながら涙を浮かべていたから。
追いつめられることがありませんように。

認知症は「恥」でも「隠す」ことでもない、
家族が愚痴をこぼすのは否定されることではない、
これはT家に対して基本的に伝えたいと思う。

それにしても。。
あの時、おじさんがいつもの表情でひょこひょこ歩いていたら
チグハグなシャツのボタンにも目が行かず
見過ごしたかもしれない、あれは「せん妄」状態だったなと連れ合い。

こんなことがあって僅か2週間弱の朝。
今度はT家とは反対側のU家宅に救急車が停まった。
90代のご夫婦二人暮らし。
連休中に息子さんお孫さんと思しき男性が庭仕事を手伝っていた。
が、定年後にこちらに家を建てて住まわれているので
息子さんたちがどちらにおられるのか全く知らない。
数年前に腰を痛めたおくさん、
おじさんは腰が曲がったがいつも丁寧に庭の一角の
小さな畑を手入れされている。
どうやらおじさんが搬送されたようだった。
翌日、息子さんらしき人がU家おばさんと歩いていたとご近所さん情報。
U家は今年家の外壁を塗りなおしたばかりだ。
丁寧に手入れされているからまだ充分住み続けることはできるだろう。
しかし無事退院されたのち、おじさんとおばさんが
今まで通りに2人暮らしに戻れるだろうか。
お二人ともディサービス利用されているようではなかったが。

偶然この連休を挟んで
介護ワードに強く関心のアンテナが反応する出来事を体験した。
自分の親たち中心に介護世界に入ったのが
気づけばご近所も含めてみんな老いるよね、老いたのね、
若い家族が増えたのを喜んでいけど
忘れちゃいけないことだったのね。

そして教訓。
どんなに近所への些細な用事であっても
携帯電話(スマホ)は身に着けるべし。


ウィッグを研究する

目下、「ウィッグ」に夢中になっている。
発端はこちらのブログ。
こちらです

薄毛に悩んだ答えに「ウィッグ」。
今更ながら目から鱗の気分だった。
もちろんアートネーチャーのCMがあるように
薄毛に悩んだら自然な流れでそこに至るよね確かに、
でも私はそれを思いつかなかった。

若い頃最初の出産後に一時毛髪がどっさり抜けてしまい
義母がウィッグを買ってくれたことがあって
百貨店まで出向いて求めてくれたと聞いて
高価なんだろうと思ったものの
年配女性向けの髪型のウィッグだったから
(40年近い前の話だから致し方ないと思う)
正直ありがたさの裏で着けるとちょっと悲しい気持ちもあった。
だからウィッグをなんとなく敬遠してしまっていたのかも。

このブログを読んでから改めて検索してみると
昨今のウィッグの安いことと種類の多さに驚いた。
3,000円前後で買えるのなら
気楽に試して、似合わなければ別を探すこともできそうだ。

私が求めたのはこちら。
若い人向けなのかもしれないけど
レビュー見たら年配の方も利用しているらしい。

20220430-1

地毛の自撮り写真。
10年前から髪を染めるのをやめたので
グレーヘアになっている。
もともとショートヘアで肩まで伸ばしたことはない。

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届いたウィッグを着けてみた。
20220430-3

分かりづらいかもしれないが
上の写真はただかぶって着けただけの状態。
脇の髪を耳にかけてみたのがこの写真。

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同梱されてきたネットはつけずに
直接頭にウィッグを被っているので
地毛のグレイヘアが覗いている。

20220430-5

反対側も。
グレイヘアが覗いても違和感ない・・かも??

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頭頂部を撮ってみた。

20220430-7

私は自分のグレイヘアを隠したいわけではないし
むしろグレイのウィッグを探すのだがこれが難しい。
PC上で見る見本カラーと実際が異なってしまうのはやむを得ない。
せめてグレイヘアが見えても違和感ないものをと思うしかないが
このウィッグなら及第ラインに入っているのではないかしら。

試しにウィッグの上に更にベレー帽を被ってみた。
ウィッグ+帽子、も良いかもしれない。
冬なら暖かいぞ、でもこれからの季節はちょっと暑すぎるかな。

20220430-8

実はこのウィッグ以前に最初に買ったウィッグがある。
同じショートヘアなんだけど私には長かった、
髪の量が多くて色はグレイがなかったから黒っぽい色で
着けてみても髪のボリュームがありすぎて
白髪になれた目には黒すぎる色が逆に自分でない気がして
我ながら居心地が悪かった。
それで二つ目にこちらを買ってみたわけだが
やはり自分に見慣れた長さでウィッグデビューするのが良いな、
と今は思っている。
私は帽子が好きなんだけれどウィッグも
頭に着けるということでは帽子と同じ。
何度も着けて試して自分が一番に見慣れて着け慣れていることが
なにより大事だと思う。
まだ外に着けて出るまでは行かないけれども
徐々に慣らしてお外デビューを目指したいと思っている。
癖毛の私はサラサラヘアが長年の憧れだった。
それをウィッグで楽しめるわけだ。

化粧するように帽子を被るように
ウィッグをウィッグです、と堂々と付け替えて
髪型を楽しめるようになりたいと思う。

問題はこれからの季節の暑さと蒸れ、だな。

春の嵐だ。迷惑メールも止まらない。

天気予報通りにお昼前から雨が降り出して
それが強風と共に叩きつけるような大雨となってきた。
春の嵐だな。
早々に雨戸を閉めて回る。
最近では雨戸のない家もある。
そんなお宅をみかけるたびに
ペアガラス、二重サッシで気密性、断熱性が高く
雨風にも強いんだろうか、などと思っていたが
考えてみれば我が家も全ての窓に雨戸が
ついているわけではないし雨戸があるからと言って
それだけで安心できるわけではないもんな、
そもそも雨戸を閉めるのが間に合わず
何かがぶつかってきてガラスを割る危険はある。
閉めていなかったら雨戸も役目を果たせないってことよね。

で、そんな春の嵐とは全く無関係なんだけれども
相変わらず、迷惑メール続々と入ってくるので
また記録に残しておこうということで。

お馴染みAmazonを騙るやつ。
「Amazonアカウントのロック解除にご協力ください」
ってなんだよ、なにが協力だよ?!
・・・一人ツッコミしちゃうよね。

20220426-1

次がこれ。
ETC利用照会サービスを騙るもの。
ETC利用照会サービスのHPをみると
この迷惑メールが増えているらしく
事務局の問い合わせ電話が繋がりにくくなっていると出ていた。
電話を受ける側には充分、実害でてるよね。

どちらも本文の不自然さもさることながら
送信元アドレスのドメインが怪しすぎるのがお約束パターン。

20220426-2

やはり以前被害にあった個人情報流出が後を引いているのか。
詐欺メールが送り付けられたアドレスはその被害にあった時の物。
別のアドレスに切り替えてしまおうかとも思ったけれど
古い友人知人にはこのアドレスで連絡してくる人もいるし
このような迷惑メール受け皿に残しておくのも良いかな、とも思ってる。
メールアドレスを持ったら詐欺メールは届くものだと思うべし、だね。

なんだか、風がビュービュー言い出した。
風神さんがやってきた。

20220426-3

雷神さんは、勘弁してほしいけれども。

20220426-4

願わくば、
迷惑メール詐欺メールの送信元に是非とも
雷神さんの一撃を食わせてやっていただきたい。

貰うも義理、の呪い再び。

先日の大河ドラマで
主人公が鎌倉から伊豆にいる想い人、八重に
なにやかやと食料の差し入れに通うシーンがあった。
その中には彼女の苦手な食料も含まれていたようで
主人公が「苦手だったら誰かにあげてください」と軽く言ったのを聞いて
八重が憤慨してどうして自分が(頼んでもいない)
苦手な食料を押し付けられたうえに
その貰い手を探し回らねばならないのだ、と訴えるシーンがあった。
それホント!と思わず膝を叩きまくり拍手喝采、我が意を得たりだった。
正直このセリフを聞けただけでこの大河ドラマに満足と言っても良い。
(・・??違う)

というのはちょうどそのころ、私も同じ思いで悶々としていたからだ。

私の母は健在でちょくちょく野菜果物や手作りジャムやら、
干物やらを送ってくれる。
弟にも持たせるのだがやはり遠くにいる娘も気になるのだろうね。
母にとっても送るのも楽しみだろうし、
私も助かるので有難く頂戴する。
シニア夫婦二人暮らしだから食べきれない量の場合は
義兄宅にお裾分けさせてもらうし
日持ちのするものなら更に我が子供たちや友人に送ることもある。
母の元には親類友人知人はもとより
亡父にお世話になったと今でも自家製の野菜などを届けてくれる人が多い。
母はそれを我が家に回してくれるのだ。
昔から人付き合いの濃厚な家だったし
親子の間でこのような食料品のやりとりはどのご家庭でもあるだろう。
親の健在を確認する儀式でもある。

ところが思いもかけずに
新たに我が家に野菜や魚を送ってくれる人が現れた。
母の知人だ。私とは面識がない。
父が亡くなって母が一人住まいになってから
定期的に総菜などを届けてくれる人。
母によると彼女は他にも同じように高齢者宅に
総菜を届けて回っているらしい。
そう聞くと、以前母がしていた独居老人宅へのお弁当を届ける
ボランティアがらみでの知人なのだろうかと思う。
母は当初、自分は料理もできるし味付けの好みもあるから、と
どちらかというと「老人扱い」されて有難迷惑?な気持ちもあったようだ。
しかしやはり重なれば有難みはでてくる。
しかも私が帰省する時なぞ、それに合わせて新鮮な魚をわざわざ届けてくれたりする。
気の利く人だ、と母もまんざらでない。
(親切な友人を持つことは母にとっても満足で自慢できることだろうし)
その人がどういうわけか我が家にも野菜や魚を送ってくれるようになった。
最初は母から事前に、こういう荷物が届くよ、と連絡があった。
送り状に書かれていた送り主欄が母の住所と名前だから
母も承知してその人に頼んでいるのかと思っていた。
でも。。その1回で済むものではなかった。
自家製野菜が大量に採れた、といって送ってくれるのは有難いが
同時に母からも親類からの野菜のお裾分けが届くこともあり
正直、母からの分だけでも精一杯、
しかも我が家にも畑があるんだよなあ。。と思っていた矢先。

ある時やはり母の名で今までになく
大量の干物に加えて高価そうな鮭が届いた。
驚いて母に尋ねると
彼女が気を利かせて母の名で送ってくれたとわかった。
なんでお母さんの名で送ってくるの?と聞くと母の説明はこうだ。
母が彼女が届けてくれる惣菜の、せめて食材代だけでもとお金を渡した。
惣菜を配っている他のお宅からはお礼として調味料など実物で受け取ることはあるが
現金では貰っていないと最初は固辞されたらしい。
それでも調味料を用意するよりお金のほうがこちらも楽だから、と母が言い
どうにかお金を受け取ってくれるようになった、そうだが
そのお金で「気を利かせて」魚の干物の良いものが出たから
私に送ってくれたのでないか、ということだった。
送り主が母の住所名前だったのは、
費用の元は母からのお金だからということじゃないかと。
母自身は、その人と母との付き合いが元にあってこそ、
母にお世話になったお返し気分で、
その娘の私へ送ってくれているのだろうから
黙って受け取っていればよいよ、
お礼は私(母)が言って置くし、お返しなんて要らないから、
と端から問題にはしていない。
いや、しかしそれはそうなの?違うんじゃない?
正直、私は戸惑っていた。

私はこのような田舎の濃厚なお付き合いが苦手だ。
お裾分けのやりとり、お返しなんていいのよ、といいつつ
でも貰いっぱなしでは・・の罪悪感。
なにより自分の苦手なものでも受け取らざるを得ない。。
送ってくださる側はこちらの嗜好云々は確認しない、
ご馳走だもの、みんな好き、という大前提がある。
ご馳走と言えば一般にまず魚介類海産物だろう。
実は私も連れ合いも魚介類が苦手。
加えて私は甲殻類にアレルギーがある。
蕁麻疹がでる恐れを抱えてまで
エビ・カニを食べたいとは思わないのだ。
帰省時に新鮮なサザエや伊勢海老が届くことがあるが
有難いものの箸はでない、しかし母にはなかなか理解されず
美味しいのに新鮮なのにと勧められ
結局、連れ合いが私の分まで何とか胃に収める。。

そして突然届いた、二人暮らしの手に余る大量の干物、そして野菜類。
野菜は根菜類ではなく葉物だから足が速い。
冷凍すればよいよ、と母は言うがこちらの冷凍庫の容量にも限りがあり
お裾分けするにも時節柄、どの家も家庭菜園でそれなりに
同じような野菜の収穫が続いている。。。
お裾分けも簡単にできる時とそうでない時があるのだよ。

申し訳ないと思いつつ、母には電話で
「我が家も二人暮らしだし畑もあるから沢山の野菜や魚を
送ってくれても処理しきれないんだよね」と伝えた。
もう送ってくれなくてよいです、と訴えたい。
人の好意を無にするような心苦しさはあるが
なにしろその知人さんの住所を知らないから
直接手紙を差し上げることもできない。
ほんとうに我が母を軸にしてのやりとり、なのだ。
母の声音から何を気にしいているの?と
怪訝に思っている空気がビシビシ感じられる。

いや、参ったな。
善意にもこちらが背負える容量重さがあるよ。
顔を知った家族親類友人ならともかく
親の義理までは無理です、ごめんなさい、勝手で。
そう思いながら義母が頻繁に口にしていた
「貰うも義理」
ようやく義母から聞かずに済むようになったこの言葉、
よもやの方向から再び呪いのようによみがえってきた。。

この呪いから我が身を守るために
義母にはきっぱり断るようにしていた。
今回のケースで言うと事前に断ることができないから
食べきれないものは割り切って処理することもやむを得ない。
やはり後味の悪さは引きずるけれども致し方ない。
考えるに、知人さんにとって、私は自分の子供たち以外に
家庭菜園の野菜を送ることができる新しい貰い手、なのだろうから
その一方的な善意には義理を感じることはないと割り切るしかない。
(そうは言っても世間的な儀礼として帰省時に顔を合わせる機会があれば
それなりに感謝の言葉と共に、でももう充分です要りません感も
併せてのの挨拶が必要だろう。母の顔を潰したくないもんなあ。。)


教訓。
家庭菜園で食べきれない野菜特に青菜系はいさぎよく堆肥にしよう。
(違うか・・)

プロフィール

blogxxshio

Author:blogxxshio
訪問いただき有難うございます。

このブログについて紹介を。
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昨日から引き続き変わり映えしない
一日一日と思っていても
あらま!
気づけば60歳を超えました。
子どもの頃の「還暦」って
すごぉく年齢が上の人、
と思っていたけど
いざ自分がそうなると、
「それが?」って感じ?
そんな日々の記録です。
「老後」はより密接になりました。

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